暮らす豆

ゆるい日記など

また会えるよ

 

 

音楽とか川とか季節とか電車の外を流れる風景とか、つまりは、流れていくものが好きだ。

ひとところにとどまらず形を持たず、境界があいまいなようできちんと区切られていて、それでも掬い上げようとするときちんとこぼれ落ちてくれる、そんなものが好きだ。

これは、前から思っていること。

 


最近思うのは、書くこともまたひとつの流れだ、ということ。

こういうことを書こう、こんなことを伝えよう、そんな事前の決めごとは大概どこかに押し出されていって、書き終わる頃には小さくなっている。川に削られた石みたいだね。

 


私の文章がどこに着地するのか私は知らなくて、それを眺めているときは、いつも楽しい。

 

🌷


外に出たら夜なのにあったかくて、ま〜た浮かれてイマジナリー春を生み出してしまったか! と思った。本当に気温が高かったのを知って、少し残念だった。なんで?

情熱

 

通っていた高校は、私の家からだいぶ遠かった。バスと電車を使い、駅から高校まで山を越え谷を越えて歩き、全部で2時間弱。友達や彼氏と話しながら歩く道のりを除いて、ひとりの時間、私はずっと音楽を聴いていた。

 


もともと私は、特定のアーティストの曲を聴く・応援するという行為が苦手だった。好きだと思うなら他人に「ファンだ」と表明するなら、そのアーティストにまつわる全てを知っていないと嫌だったから。仲の良かった友達が重度の嵐オタクだった影響かもしれない。

いくら知っても知りすぎるということのないクラシック音楽やディズニーのパークミュージックを聴きながら、私は高校生活の前半を過ごした。

 


そして後半、転機が訪れる。そんな私がついに、好きなバンドを見つけたのだ!

それからはTSUTAYAに通い、手に入るすべてのCDをiTunesに取り込み、長すぎる通学時間の間、ずっとずっと聴いていた。

本当にずっと聴いていた。広告がなかった時代のYouTube、MVも擦り切れるほど見た。擦り切れるなんてことはありえないけど。

人生で初めて“ライブに参戦”したのも、そのバンドだった。

ひとり訳もわからず最前の手すりを握りしめ(整番がべらぼうに良かった)、後ろから人に思いっきり押され、踊り狂う人を後目に私はただ、熱狂した!!こんな楽しいことがあってたまるか、と。

 


今はたまたま何もしていないけど、もともとは音楽と縁の深い人生だ。

何かにハマる、という体験はそれ以前にも何度かしていたけど、あれほど世界がガラッと変わったのはたぶん初めて。

 


あれから長い年月が経ち、今の私は彼らの新譜を血眼で追ったりはしない。ときどき、昔を懐かしむように聴いてみるだけ。

それでもあの当時の熱狂はきちんと胸を焦がすし、泣きそうなくらいの楽しさはいつでもよみがえってくる。

当時の私は認めなかったかもしれないけど、私は今でもちゃんと彼らのファンなんだ、と思う。

 


冗談みたいな話なんだけど、今日電車を待ちながら音楽を聴いていたら、もう2度と会うことはないであろう人が立っていた。

 


実際のところ、その人本人ではないだろう。よく似た他人というだけだ。

そう思ったとき、たまたまこんな一節が流れた。

 

割とまだ単純明快な23年間の

僕がやっと噛み砕いてきた人生経験を

裏切るくらいの音量で

12時前に叩き起こしてよ

 

難しそうな顔さえ見えない26年間に

詰め込んだ些細な不安の音聞かせて欲しい

軽く流せるくらいの音量で

 

天才か? と思った。語彙力がないな。

 


四半世紀も生きてしまった私は、それなりに多くの他人、その人生の流れにも立っている。流れ同士はぶつかったりまた離れたり、早くなったり淀んだり、それでも決して戻らない。

ずっとそばにあるのは音楽で、思い出したときふいに流してみるそれは、止まった季節の匂いを降らせる! いつまでも変わらず。

 


音楽があるならずっと生きていたいかも、とちょっとだけ思った。そんな風に思ったのは初めてだ! 音楽がある限り、喉元過ぎていい加減愛せるようになった過去をいつくしむことができるよね。

 

 

いふ の話

 

暗い帰り道、肩をすぼめて歩いていたら、急に雷の音が聞こえた。

聞こえた次の瞬間には、それが雷の音でないと分かっていた。そして、寒い夜に雷の音なんて聞いたらきっと“畏怖”してしまうだろう、そんな風に思った。

畏怖という言葉は普段なかなか使わない。日常で使うシーンなんて訪れることがない。でも、きっと冷たい空気の中を雷鳴が駆け抜ける瞬間に居合わせたとき、頭の中で弾けるのは“畏怖”なんだ。何だか知らないが、確信めいたものがあった。

角を曲がったら、道路工事のトラックが止まっていた。ああ、この音か。そのとき畏怖の予感は、パチンと音を立ててきれいさっぱり消え去った。

 


冬に雷の音を聞いたことはない。学がないから理由はあまり分からないが、簡単に調べたところ日本の太平洋側で育った人間としてそれはごく一般的なことらしい。

いつか冷たい空気を真っ二つに割る稲妻を目撃したい、そしてその音を聞けたらな。私の妄想の中で、それは一発で両の鼓膜を破るほどに大きく、激しい。

想像下の指

 

 

外に出て息を吸った。

薄いけれども硬い氷の内でこっそり呼吸をはじめたみたいな春!

せわしない人間はなんと息の吸い方まで忘れてしまう。

呑み込みすぎた空気は胃から出て、喉を通り、また空気に還ってゆくのだった。おわり。

 

🤏

 

知り合いと指を絡め合う夢を見た。

知り合いの指を噛む夢を見た。

ひとりで立つことのできない自分、カワイイ!!!!!と思う時間もあるが、ダサいと思う時間の方がそれより圧倒的に長い。

なんにもダメじゃないよ、そう言ってくれる誰か(あるいは何か)を待ちながら、想像下の指を眺め続けた。

0でも100でもなく、40〜60の間をふらふらと移動する指。

恋人繋ぎを拒んだ指は、それでも私の手を取った。その事実に救われた。以上おしなべて夢。

 

さいきょうの寝巻き

 

だめだ、と思った時は素直に涙を流すようにしている。

私がだめだ、と思うのはきまって周りに人がいないので(人がいると自分が“だめ”になっていることに気づけない)、特に支障はない。

側にあったペーパータオルで涙を拭いてポッケに突っ込み、何食わぬ顔で外に出る。

泣いたことも忘れてスカートをそのまま洗濯してしまい、黒い服にペーパータオルの欠片と涙が絡まってしまったのは、また別の話だ。

 

呼吸することについて延々と考えていたら、そのうちゲシュタルト崩壊して上手く息ができなくなり死んでしまうのだろうか。

きっとすごく苦しくなるだけで死ぬことはないだろう、やってみたこともないが世間一般的に人生ってそんなもの、と思う。

 

自分の中の矛盾と折り合いをつけて前向きに生きようと思える朝は、果たしてやってくるのだろうか。

繊細で鈍感、意思が弱くて強い、真面目で怠惰、その他諸々……

この矛盾、そしてそこから生じる罪悪感を誰にもうまく説明できないので、次に日常で感じることがあればメモでも取ってやろうと思う。

自分自身が嫌で仕方ない一方、私は誰より自分自身が可愛くて仕方ない。

自分自身の探究にだけは微塵も手を抜かないことから明らか、本当に、嫌になる。

あーあ。

ヒヨウタイコウカとかコウリツカとか真面目な顔して口にする私はちっとも私ではなくて、だから私は試験管の中で分離してしまった。

細いガラス瓶を力の限り振らなければ私はうまく混じらなくて、だからほら、家にいる間はずっとぐったりしている。

抜け出さなきゃいけないと思いつつ、抜け出さなきゃいけないという思考を維持し続けるのは難しい(分離した私は弱いので)。

あーあ。あーあ。

会社が潰れてしまえばいいのに。メンタルバブの他力本願寺本山はそんなことを日々願いながら出社する。

私のこれってきっとありふれた感情で、そんな感情により電車が動き蛇口からお湯が出て、つまり生活は回る。うつくしくて異常だ。

貰い物のスプーン

なんだか今日はすごく悲しくなってしまった。

 

 

 

自分が狂ってしまっているのか、脳内でシステムチェックをかけ続ける生活にも疲れてしまった。考えてみたらもうこれ五年くらいやっている?

 

何をどう診断しても、私は心身共に健康そのものだ。

 

私のしんどさにはいつも名前がつかないな、でも名前がついたからといって別に楽になれるわけではないし、名前がつくしんどさの方がきっと重篤にちがいない。だからこそ、名前が必要になるわけで。

 

 

 

おもしろい動画を見てわははと笑ったあとの、沈黙。

 

孤独なことがいやなんじゃなくて、孤独をすんなり受け入れられないことがいやだ。

 

街を歩くときの私は、誰にも理解されないと思い込みながら、同時に自分を理解してくれる人との出会いを心待ちにしてもいる。

 

私は自分のそういう浅はかさ、自我のなさが、ほんとうにいやだ。

 

しまいには成人してそれなりに時間が経つというのに、こうしてローティーンみたいな悩みをネットに放流している。

 

本当に浅はかだと思うけど、自分と似たようなかなしさを持っている人がこの世のどこかにいるように思えてしまうから、今日もこうやってたわごとばかり書きつけている。

 

他人と、本当の意味で理解し合うことなんて絶対にできない。

 

折に触れてそう口にしてしまうのは、自分自身が一番それを認めたくないからだろう。

 

 

 

雨の降っていない日、風を感じながら自転車に乗れるくらいの幸せでいい。

 

難しいことはいらない。

 

そんなことを思いながら床でとろけていたら、一日が終わった。

暮らせ!

ホームの床と走る電車の間にできる光と影の帯をただ眺めていたら、今まで自分を守るため必死こいて被っていた“真面目”の皮がぶち破れるのを感じた。

後から思った。あのとき、ぼろぼろになった“真面目”の皮は電車に飛び込んだのだ。

飛び込んだのが私でなくてよかった。

 

 

 

経緯を説明しよう。

出社しなければならないという事実、辞めたくても辞められなさそうな現実、仕事なんてせず文章を書いていたいという願い、その他諸々の憂鬱渦巻く重い頭をどうにか起こして家を出、ホームの椅子に座って電車を待っていた。たぶんやばい表情をしていた。

 


誰かに相談したい。私はそう思った。けれども相談する相手なんていない、正確には今の苦しみを言葉で説明して分かってもらえるだけの関係性を築けた相手なんて、私にはいない。

こんな時、両親は何というだろう。「○○が自分で決めたなら、なんでも応援する」あたりが妥当だろうか。

 

 

 

よく分からないけど、ここまで考えた時急に頭がスパークした。

 


そんなに、私を、信用するな!

 


今までこの私を真面目だと評した、頼れると評した、その言葉全部が私の身体から5ミリくらいズレたところでぷかぷか浮かんでいる。

 


私は、全然真面目じゃない。「あなたなら大丈夫」という信用を勝ち得るような人間じゃない!

 


そう思ったところで、冒頭に戻る。

 

 

 

 


文章にすると後ろ向きとしか読めなさそうだけど、私の心はこのとき晴れやかだった。

 


だって、私は真面目じゃなかったのだ。剥がれた“真面目”の皮を客観的に見られるということは、私と“真面目”は別物なのだ。ただ、つい数刻前まで身体にぴったり張り付いていたというだけで。

 


つまり私は自分のゆく道を、周囲の人間や世の規範でなく、自分の力によって定義できるのだ。

こんなに嬉しいことがあるだろうか!

 


今日は一日のびのびと過ごした。

 


上司と話す時声のトーンを明るくする必要もない。

どうせマスクで見えないんだし、ニコニコしている必要だってない。

受けたくない試験を無理に受ける必要だって、どこにもない。

 


何事もほどほどにやって、ほどほどの時間に帰ればいいのだ。どうせ辞めたい仕事だし。

 


たぶん、やばい表情はしていたと思う。でもそれは、もともと私がやばい表情をしている人間であるというだけのこと。

そして私、やばい表情をしている自分のことは、そんなに嫌いじゃない。