湿った砂
8/29-31
うたた寝をしたら、20分の間にいくつもの世界を旅したらしい。目覚めた瞬間それぞれの世界の残り香が鼻腔にほんの少し感じられて、でもそれは一呼吸しただけではかなく消えてしまう。
月が、月が発光している!いや光っているのは当たり前のことかもしれないが、周りを縁取るように金色の細かい粒を纏っていて、とても神々しい。
しかも月は背後に明るい星と暗い星を一つずつ従えていて、アニメによく出てくる三下の悪役(ポケモンのアニメだったら、ロケット団。ドラゴンボールだったら、ピラフ一味)みたいな愛らしさまで備えていた。完璧だ。
完璧な夜の中を歩いて、私は映画館に向かう。
エンドロールは、暗くて周りから見えないうちに涙を引っ込めるためにあるのかもしれない、と思った。
私が今日見たのは「ハニーボーイ」という映画だ。
私は主人公と同じ経験をしたわけではないけど、家族との思い出って、多かれ少なかれ痛みを伴うものだと思っている。主人公の受けた大きな痛みが、今日この日まで私が綺麗さっぱり忘れていたささくれみたいな傷を生き返らせてくれた。そうして最寄駅から帰る道、ひとり泣いた。せっかくエンドロールで涙を引っ込めたというのに。
美しいものだけ触って美しいものだけ拾って生きていたい。すっかり心がびんかんはだ状態で、普通のものが触っただけでぴりぴりと赤くかぶれる。優しくて刺のないなめらかなものだけが私の心に触れるようにしたい。そのために白くてドアのたくさんある建物に避難して、ドアを開けて開けて開けて、一番奥の部屋の隅で膝を抱えて、ようやっと眠る。きっと20時間くらいは眠る。
会社から出たら、小雨が降っていて涼しかった。
私は秋の終わり、冷たい雨が降る夜が大好きだ。今日はまだ蒸し暑いけど、その空気が遠くに感じられる気がして心が沸き立つ。会社に傘を置いていたけど、これしきの雨で傘をさすなんて!身体に浴びたい、秋の気配。歩き始めてから上着を洗濯したばかりだったことに気がつくけど、もういい。私の上着なんだから、ちょっとくらいの雨には耐えてもらわないと困るんだ。
今日の一曲:
Plainsong/the Cure
https://music.apple.com/jp/album/plainsong-remastered/1443216089?i=1443216092