暮らす豆

ゆるい日記など

濡れた人さし指

7/20

月曜日。開き直って仕事をした。

 


帰り道、すれ違った同期の子に言われた「お、お疲れ」があまりにも自然だった。片手にミネラルウォーターを持ち、もう片方の手に持った携帯を耳にあてている。まさに生活を生きている!という感じ。

なんでもない風景のはずなのに、あまりにリアルすぎるあまり逆に絵画のように感じられる。

その美しさにうろたえてしまい、半歩分くらいコケながら改札を通った。

 


最近我が家(構成員1名)には、新たな掟ができた。部屋も片付けない家事もしないすぐ朝食を抜く、そんな私が律儀に守っているのが「餃子は1回10個まで」。

私の家には大量に冷凍餃子がストックされている。フライパンで焼くだけでいいため調理が楽なこと、餃子ならどんなに気分が落ち込んでいても食べられることがその理由だ。

餃子は、幸せそのもの!白くて愛らしいフォルム、噛んだだけで溢れ出す肉汁とニラの香り、それらが酢醤油と絡み合って醸し出すハーモニー…餃子の尊さは到底言葉では表しきれない。

ただいつも困っていたことのは、つい食べすぎてしまうこと。毎回15個、ひどいときは20個焼いて食べていた。お腹がいっぱいでも食べ続けられてしまう。なぜなら美味しいから。

だけど、私はある日気付いてしまった。

「餃子を食べすぎると、お腹が苦しくてつらい」…!!

当たり前、と突っ込まないでいただきたい。そんなことにも気付けないくらい、私は餃子が好きなのだ。

かくして「餃子は1回10個まで」という掟は生み出された。あれからというもの、餃子を食べても満腹で動けなくなることがなくなった。足るを知る、というやつだろうか?またひとつ私は賢くなった。

 


責任からも義務からも離れてただぼうっとしているとき、人の心に何が残っているのか知りたい。日々の中にふっと生まれる隙間をどんな風に生きていますか?

別に世界情勢について考えていなくたっていい。3日前に街中で美味しそうなパンの匂いをかいだこととか、ちょっと目を細めたら見慣れた街灯が滲んで綺麗に見えたこととか。誰も口に出して言わないけど、実はそんなことを考えているだけでいいんだと思う。だって毎日世のため人のためになることだけしていたら、息が詰まってしまう!

 


今日の一曲:

東京ミシュラン24時/集団行動

https://music.apple.com/jp/album/%E6%9D%B1%E4%BA%AC%E3%83%9F%E3%82%B7%E3%83%A5%E3%83%A9%E3%83%B324%E6%99%82/1247357517?i=1247357529