暮らす豆

ゆるい日記など

短文

遊戯

指先までぴしりと整った二本の手がくるくると回り、うねり、握り込まれた包丁は生きているかのように踊る。彼はつまりそういう類の曲芸師で、そうであるなら普通は飾りのついた大ぶりなナイフを使うところ、どこにでもある簡素な包丁を使って見事な技を見せ…

先輩の話

先輩は、いついかなる時でも手袋をしていた。 頭の真上で太陽がぎらぎら光る昼下がりでも、戯れにピアノを触る時でも、一緒にディズニーランドで遊んだ帰り道でも、先輩が手袋を外すことはなかった。学年が違ったからプールの授業の時どうしていたのかは知ら…

謎かけ

みたいだねと彼女が言ったので、僕は少しだけいらいらした。みたい、ではなく、実際それは謎かけだった。 表情が崩れないようそっと右頬の裏を噛んだら、歯の跡がついたそこは口内炎のように膨れていた。変なこと言って僕の気を引きたいだけなんだきっと、そ…

なんの前触れもなくチョコレートをもらった話

なんの前触れもなくチョコレートをもらった。 コンビニで買えるけどちょっと高くてお洒落な、自分では買わないチョコレートだ。 何せ気の置けない間柄なので私はごく普通に戸惑い、慌ててしまった。なんか貸しあったっけ? 別にないよ、と言われた。今日仕事…

明かりはつけたまま

私は、丸い窓のへりに座っている。円の直径は私の身長よりも大きくて、向こう側にはどこまでも暗くて全ての光を吸収してしまう闇が広がっていた。 今まで四角い窓や三角の窓、星型の窓なんかも覗いてみたことがあった。それらの向こうには人が溢れていたり、…

水の国

雨が降ると、いつもぼんやりと頭が痛くなるんです。 そう語ると自然に「雨が嫌いな人」にカテゴライズされてしまうが、私は実のところ雨が好きだった。 部屋でひとり本を読んでいても、新宿の駅で人に囲まれながら電車を待っていても、おしゃれなカフェで友…

泡となって消える

手に持ったスポンジをぎゅう、と絞る。泡のついた手を広げると、使い込まれたそれは大儀そうに広がった。 「私が言いたいのはさ、世間からしたら私みたいな楽な親は珍しいんだってことよ。だってそうでしょ、私あんたに勉強しろとか一度も言ったことないし。…