謎かけ
みたいだねと彼女が言ったので、僕は少しだけいらいらした。みたい、ではなく、実際それは謎かけだった。
表情が崩れないようそっと右頬の裏を噛んだら、歯の跡がついたそこは口内炎のように膨れていた。変なこと言って僕の気を引きたいだけなんだきっと、そう言って笑ってみたら彼女は首を傾げる。顎の辺りで切り揃えられた髪が、カーディガンを羽織った薄い肩に触れた。かと思うと吹き抜けた風にさらわれ、軽くなびいた。
たった一人の弟がおかしなことを口にするのは、何も今に始まったことじゃない。そういえばいつだったか、海の水を飲んでみたいと言い出したことがあった。海水は塩辛いし遠目では綺麗に見えてもバイ菌がたくさんいるんだ、普通の子どもならまだしも病気の子どもが飲んだらいけないに決まってる。母と二人でそんな風になだめすかしながら、海の水なんて飲んだことないのにどうして塩辛いと知ってるんだろう、そんなことを思った、確か。
「聞いた話しか知らないけどさ、なんていうか哲学的だよね、きみの弟は」
「哲学、ね……」
「『いらないものが欲しい』……うーん、これとかどう? いらないでしょきっと。ちゃんと洗うけど」彼女は今しがた飲み終わったばかりのリプトンのペットボトルを振ってみせた。
「いや。こないだちょうどペットボトルの蓋あげてみたけど、途上国の子どものワクチンになるから集めたい、ちょうだいって……たぶんペットボトルも同じようなことだよ」
「はぁー、なるほど」
彼女はそう言って、木製のベンチに深く座り直す。まだ新しい座面が立てるキキ、という軽い音を聞きながら、僕は弟の話を持ち出したことを後悔していた。いやそもそも、秋の風が強まり始めたこんな日に外で勉強しようなんて言い出したこと自体馬鹿だったのかもしれない。まだ枝から落ちるほどではないイチョウの淡い黄色、それでも落ちた一枚が、先ほどから全く進まないシャープペンシルのすぐ真横に並んだ。
「にしても、レポートわざわざ手書きする人なんてほんとにいるんだ。真似したら頭良くなるかな」
「里佳」
「あい」
「やっぱ寒い。教室戻ろ」
「あい」
長いスカートのお尻をはたきながら彼女は立ち上がった。舞い上がるわずかな砂埃、これはいらないものだろうか。いらないものだったとして、どうやって弟のところに持ち帰ったらいいんだろう。