泡となって消える
手に持ったスポンジをぎゅう、と絞る。泡のついた手を広げると、使い込まれたそれは大儀そうに広がった。
「私が言いたいのはさ、世間からしたら私みたいな楽な親は珍しいんだってことよ。だってそうでしょ、私あんたに勉強しろとか一度も言ったことないし。なんでも好きなことやりなさいって娘に言ってくれる親なんてこのご時世そういないからさ」
もう一度スポンジを絞る。だめだ、まだ泡が出た。手のひらに乗せて冷たい水に晒すと、膨張した様子は心なしか先ほどよりも元気そうに見える。
「それなのにあんたは、年がら年中家にこもって本読むか寝るかのどっちかしかないよね。好きにしたらいいって言われてそれしかできないって、我が子ながらどんだけ心の貧しい子なんだろうとか思っちゃうわけよ。」
流しの水を止めて、今度はきわめて慎重にスポンジを握る力を強めていく。五指の間に小さな澄んだ川ができた。これ以上ないくらいに右手に力をこめて離したらすっかり水分が抜け、まるで初めから乾いていたかのようだ。
「勉強できなくたって女は愛想がよければなんとかなる、ってあんたのおばあちゃんがよく言ってたんだよ。若い頃はうるせえなって思ってたけど、今になって分かった。あんたみたいにただぼーっとしてるだけの女は、勉強ができたとこでてんでダメなのよ、誰も助けてやろうって気にならないから。ほら、分かったんだったらいつまでもぼんやり洗い物してないで、早くお風呂入んなさいよ」
私は、流しのそばで立ち尽くす。
世界のスピードはあまりにも早すぎて、可哀想な私の脳みそはいつも置き去りにされてしまう。ただ、それだけのこと。