暮らす豆

ゆるい日記など

少年よ我に帰れ - 映画『逆光』を見て

 

 

春夏秋冬、どの季節が好きですか?という質問が苦手だ。全部好き!いつもそれで済ませている。

でも。特筆すべき季節があるとするなら、それは冬、それから夏だと思う。

 

冬は地面に吸い寄せられる季節。冷たい空気は身を引き締め、自分と世界の境界線をはっきりさせる。

反対に夏は、空、高いところに吸い寄せられる季節だ。熱に浮かされ、あちこちから聞こえる蝉の声に方向感覚を失い、自分と世界の境界線が曖昧になる。

どちらも独特の感覚だ。

 

なんでいきなりこの話をしたかというと。

今日映画館を出て寒空の下自転車を漕ぎながら(本当に寒かった)、ああ、そういえば今日は冬だったんだ、と思い出したから。

それくらい、今日観たのは夏の引力が強い映画だった。

 

***

 

というわけで、映画『逆光』を見てまいりました。端的に言ってとても良かった。端的に言うだけで終わらせない、何を感じたのか忘れないために、このブログを書いているわけですが。

 

終わった後すぐパンフレットも購入したけれど、まずは観たままの感想をしたためておきたい……ということで無謀にもノールック(って言い方はおかしい?)でまとめておこうと思います。

ネタバレ配慮はありません。

 

***

 

とにかく……言うまでもなくこの映画を観た人全員が感じていることだと思うけれど、映像が美しかった。

 

冒頭(と言うほどでもないが中盤より前)、登場人物が次々夏の海へと飛び込んだシーンで「あっ、これはいい映画だ」と確信する。小学生並みの感想です。

 

みーこに続いて水中に飛び込んだ先輩、その先輩を取り巻く泡のきらめき、さらにそれらを取り巻く海の青、青、青。

先に述べた通り「先輩が海に飛び込む」以上の出来事は何も起こっていなくて、それがどうというわけでもないけど、切り取られた画面の中の世界はただただ美しかった。

 

とにかく、スローモーションが多い映画だ。

誰かが“揺れ動く”ときの、目線のやり取り、息を呑む仕草、背中を流れる汗、そんなようなものの気配を感じる。

本来その場にいる者しか体験し得ない妙な緊張感を追体験できて、それが好きだった。

 

登場人物の中でも、特筆すべきは吉岡先輩とみーこについての“語られなさ”だと思う。

二人、特に吉岡先輩についての情報(情報、なんて言うのも野暮でイヤだけど)は、作中ほとんど得ることができない。

もちろんこういう境遇にあって~といったようなパーツを手に入れることはできるけれども、それを組み上げても人間としての像は見えてこない。

人間らしさ、地に足付いた感じ、とでもいうのだろうか、そういったものがそぎ落とされ、私たちは(そして恐らくは、他の登場人物も)彼らに接近することができない。

 

でも、みーこの、あの……誰よりも世界をありのまま受け入れている感じはすごく切実で、胸に迫るものがあった。

晃の言い草からしてたぶん学生時代は輝かしいものでなかったのだろうと推察されるし、お世辞にも“社会”の枠組みに適応できているとは言い難い。

でも、それが一体何だと言うのだろう?

みーこは海に行って楽しかったこともクラブで踊ったことも“ピカ”で家族が亡くなったことも、悲しいくらいにすべてを自分の生きる文脈として捉えていて……思考へ逃げずに自分の運命を受容しているんだと思う。誰にでもできることではない。

そう感じたゆえに彼女が感情をぶつけ、そして去っていくシーンの後には、なんとも言い難い……モヤモヤした余韻が残った。

 

一方晃と文江はどちらも“どうしようもない”感じで、それはどうしようもないダメ人間と言う意味ではもちろんなく、“どうしようもない”ということを知ってイライラしたりモヤモヤしたりしながら、その中でなんとか生きているというか。

初めは四人全員を観測しているつもりだったけれど、いつしか私は晃になったり文江になったりして、他二人を観測する姿勢を取っていたように思う。

 

四人の行く道はこれから先きっと交わることがなくて、でも、夏の日差しに漉し取られた魂がほんのひととき蝉の声に惑わされて、もしかしたら“どうしようもなくない”かもしれない、なんて思えてしまうのかも。

肉体、実像、そんなものを飛び越え境界を踏み越えてゆけるような気にさせてくれる、それが夏。

そんなことを思った。

 

私はこれだから、夏が好きだ。

 

***

 

感想は以上!

ポーチがすっごく可愛くて買ってしまった。その他のグッズも魅力的で、珍しく売店に長居してしまった。

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なんの因果か分からないし最近聴いたというわけでもないのに、帰り道『少年よ我に帰れ』が頭を離れなかったので一緒に貼っておくしタイトルにもしちゃいます。いい曲だよね。

 

‎やくしまるえつこの"少年よ我に帰れ (RADIO ONSEN EUTOPIA)"をApple Musicで