朱色
10/25
真面目ってなんなんだろう。
私は人から「真面目」と称されることが多いけれども、自分自身を真面目だと思ったことはそんなにない。
私が真面目だと判定した人は、大抵世間から見ると「真面目じゃない」人だ。どこか感覚がズレているらしい。
こういうときは、Google先生に聞いてみる(今気づいたけど、ひょっとしてこういうところをして言われているのだろうか)。
う〜ん。やはり私が思っていた意味とは違う言葉が並んでいる。
同世代から「真面目だよね」と言われるとき、私はいつもそこにわずかな嘲笑のトーンを感じてしまう。被害妄想か?
人から嫌われることはそう多くないけど、相手の目の筋肉の動きなどから「疎まれている」と感じることは多い。そしてその相手は大抵「真面目じゃない」人で、だから私は、自分の真面目さが人を遠ざけているのではないかと思うことがままある。
検索したら一緒に出てきた「真面目」(しんめんぼく)という言葉の方がよほど気に入った。
本来の姿・ありさま!
私はいつだって本来あるべき自分に帰りたい。人から嫌われないためにあることないことべらべら喋り続ける口を閉じ、代わりにひたすら歩いて、自分の心が命じるままに道を選びたい。
そうするためには自分の「しんめんぼく」を受けとめてくれる誰かを見つけるか、そうでなければひとりで過ごすほかない。最近の私がひとりを選びがちなのは純粋に孤独を愛しているためではなく、誰かに理解されることを諦めつつあるためだ。
理解されたい、でも生半可な理解なんていらない。私は常にこれらの狭間にいる。全部理解してもらえなくたっていいじゃん、そう言う友達のアドバイスは響かない。なぜならわたしは0か100かだけで考えて、間にあるグラデーションを無視しがちなので。こういうところが「まじめ」なのかな。そうだとしたら、私は自分のまじめさをあまり好きになれない。