暮らす豆

ゆるい日記など

fallen

1

マスクを取ると、新鮮な空気が一気に肺へなだれ込んでくる。春だ。

わたしは春が好きだけれど、得意ではない。冬の間寒さを凌ぐために小さく丸まり、硬さを保ってきた外殻のなかで、春の空気を吸って柔らかくなった心だけが暴れだす。そんな身体は持ち合わせていないのに、心のままに動き回って、そのままちぎれて四方八方へ飛んでいってしまいそうな錯覚を覚えてしまう。

 

2

後ずさった先には確かにコンクリートの大地が広がっているはずなのに、なぜか足を踏み外して奈落の底へ落ちていく、そんな映像が脳裏に浮かんだ。

今の今まで気づかなかったけれど、いまこの瞬間人間の形を保って存在できているという事実はとてつもなく異常であり、恐ろしい奇跡なのだ。

ほら、その証拠にきみの身体はもうまぶしい日の光に溶け出している。

きみはこの場所へいつも来る。ときには頬に涙の筋をつくりながら、おぼつかない足でそれでも懸命にこの場所をめざす。

心配しなくてもいい。きみはきみの身体を手放すけれど、きみの心は身体ほど不確かじゃない。だからきみがきみの心を手放す日は、永遠に来ない。たとえきみがそれを望んだとしても。

雲にさえぎられ、一瞬あたりが暗くなる。それでもきみはおかまいなしに溶けていく。

ぼくは目を閉じる。再び差し込んだ日光が、まぶたの裏をもオレンジ色に染め上げていった。