爪先で歩く
1
ショッピングモールにエスカレーターがあることは、みな知っている。でもそれが螺旋階段にそっくりであることに気づく人は、そう多くないのではないだろうか。少なくともわたしは20年余り生きてきて今日初めて気づいた。
螺旋階段の構造が、昔から好きだった。ぐるぐると同じ場所を回り続けているようにしか思えないのに、いつのまにかどこか違う場所へたどり着けるから。
ショッピングモールで買い物をしたあと、用もないのにエスカレーターを上り下りした。心地よい無意味さに、なぜか安心してしまった。
2
それはきっと、ありふれた話。誰もが経験しうる、むしろ陳腐なくらいの話だ。それはもちろん理解している。
頭で分かっているなら、どうしてこの気持ちを抑えられないのだろう。
まるでついさっきのことのように蘇る、最後の笑顔。手のぬくもり。優しい時間。
とっくの昔に感情なんて枯れ果ててしまったはずなのに、それらはふとした衝撃で心の隙間から噴き出して、すべてを覆いつくしてしまう。
それだけでは飽き足らず、液体になって目から溢れ出ようとする。その涙すら愛しくて離したくなくて、何度も瞬きしてしまうわたしは、やはりどうしようもなく人間なのだった。
ふくろうず-優しい人