愛すべきもの
1
母に「ハーゲンダッツ買ってあげるね」と言われた。
小さかった頃はハーゲンダッツなんて贅沢品で、よっぽどのことがないと買ってもらえなかった。何度もねだったのでよく覚えている。
何の迷いもなくハーゲンダッツを買ってもらえるほど、わたしは母から離れてしまったのか。母にとっての贅沢品になったといえば聞こえはいいかもしれないが、どことなくやるせない気持ちが消えない。チョコ味を買ってもらった。美味しかった。
2
明るいガラス張りの広い空間の中に、その人はいる。
わたしはその人を、ガラスの外から見つめている。なんだか悲しんでいるように見えるから、ひょっとして涙を流しているのかもしれない。
そうだったとしても、わたしには励ましの言葉をかけることも、涙をぬぐうこともできない。
何もできない無力感とその人を慈しむ気持ちだけが残り、天から降り注いだのち弱いさざ波になってガラスの壁に打ち寄せる。
-ナツノムジナ「優しい怪物」