暮らす豆

ゆるい日記など

わたしたちの場所

1

ひとりで東北へ旅行に来ている。

着いて早々に、要領の悪さを思う存分発揮してしまって凹む。現金持ち合わせておらずコンビニまで下ろしに行く羽目になり、バスに乗れずタクシーを呼び…

途中20分くらいベンチに座って呆然としてしまった。でも、ひとりだから誰にも迷惑がかからない。

初めてやることを、わたしは総じてうまくこなせない。しかし文章にしてみるとそれはごく当たり前のことだ。

人類みな赤ん坊だ、初めて出会うことはうまく対処できなくとも仕方ない。だからこそ経験値が必要なのではないか。

 

2

小学校5年生の頃、わたしたちにとって「森」は特別な場所だった。
「森」と言っても本物の森ではなく、近所の自然公園の裏、立ち入り禁止になっている区域のことだ。
だがまだ背丈が小さくものを知らないわたしたちにとって、そこは十分すぎるくらいの「森」だった。
男女4~5人でこそこそと柵を越え、木々の間に踏みいっていく。飛び交う虫に文句を言いながら、ほとんど手入れされていない草木の中を進んでいく。手を取り合って急斜面を上り、舗装された道までたどり着いたらそこがゴールだ。
その後の人生でもいろいろな楽しい遊びに出会ったが、「森」には独特のスリルと高揚を感じさせる何かがあった。
あの頃わたしは、今が人生で一番楽しい!と信じて疑わなかった。確かに人生で一番、自分の力でやりたいことを実現していたのがあの頃かもしれない。

 

3

初めて出会ったはずの人に「あなたのソフト面は素晴らしい、いいハードに出会えさえすれば」と言ってもらえた。嬉しさと申し訳なさで帰り道に涙が出た。言ってほしかったはずのことを、どうしていとも簡単に察知できるのだ?